身体は、単なる物理的対象ではなく、世界を知覚し行為する主体の生きられた基盤として哲学的に論じられる。メルロ=ポンティは身体を知覚と意味形成の中心に置き、デカルト的な心身二元論を批判的に乗り越えようとした。