サルトル:実存主義とアンガージュマンの哲学

ジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Sartre):自由と責任の哲学者

生涯と思想的環境

ジャン=ポール・シャルル・エマール・サルトル(Jean-Paul Charles Aymard Sartre)は、1905年6月21日にパリで生まれました。高級知識人の子として生まれたサルトルは、20世紀のフランスを代表する知識人となり、政治的・哲学的な問題について、時代と対話し続けた人物です。

1930年代、サルトルはハイデガーの『存在と時間』に出会い、その現存在分析に深く感動しました。この出会いが、やがて彼を実存主義へと導くことになります。第二次世界大戦中、ドイツの捕虜となったサルトルは、獄中で『存在と無』の基礎をなす思想的工作を行いました。

戦後、『存在と無』(1945年)の出版により、サルトルは一躍、フランスの知識的最前線に躍り出ました。そして、実存主義の旗手として、また、政治的に関与する知識人(アンガージュ知識人)の象徴として、1960年代まで、ヨーロッパ思想の中心にあり続けたのです。

1980年4月15日、パリで亡くなるまで、サルトルは、執筆活動と政治的関与を続けました。彼の葬儀には、数万人のパリ市民が参列し、その影響の大きさを物語りました。

ハイデガーからの継承と超越

サルトルが『存在と時間』から学んだことは、人間の存在が本質的に時間的であり、可能性の中に成立するということでした。ハイデガーの現存在分析は、サルトルに、人間存在の特異性についての新たな理解をもたらしました。

しかし、サルトルはハイデガーをそのまま継承するのではなく、むしろ、彼の思想を根本的に変革しました。特に、サルトルが強調するのが、人間の「自由」です。

ハイデガーにおいては、現存在は、既にある一定の「状態」(状態性、Befindlichkeit)の中にあります。つまり、人間は、既に与えられた現存在のあり方の中に投げ出されているのです。

これに対して、サルトルは、この「投げ出された」状況の中においても、人間は本質的に「自由」であると主張しました。人間は、与えられた状況から完全には逃れることはできませんが、その状況に対して、いかに対応するかについては、本質的に自由なのです。

『存在と無』:実存主義の根本主張

1945年に出版された『存在と無』(L'Être et le Néant)は、20世紀における最も野心的な哲学書の一つです。800ページ以上の分厚い著作である『存在と無』は、人間の存在の根本的な特性を、徹底的に分析しようと試みています。

実存は本質に先行する

『存在と無』の最初の命題は、後に実存主義の基本標語となった有名な言葉です:「実存(existence)は本質(essence)に先行する」(L'existence précède l'essence)。

この命題の意味を理解するために、人間以外の物を考えてみましょう。例えば、ナイフを例に取ります。ナイフには、本質があります。「切る」という機能です。ナイフは、その本質に従うべく作られているのです。ナイフの実存(現実に存在すること)は、すでに定義された本質に従うのです。

これに対して、人間は異なります。人間が生まれた時点では、人間は「何であるべきか」が決定されていません。人間は、まず存在し、その後、自分自身が何であるかを選択するのです。

この根本的な自由が、サルトル実存主義の出発点です。「人間は、生まれた時点では、決定されぬ存在であり、その後の人生を通じて、自分自身を決定していく。」

悪意(Mauvaise foi)と現実逃避

しかし、人間がこのような根本的な自由を持つなら、なぜ、多くの人間は、自分たちが自由であることを認識しないのか。むしろ、自分たちは決定されていると信じ、自分の人生に責任を感じないのか。

サルトルが「悪意」(mauvaise foi)と呼ぶ現象は、このような自分自身の自由からの逃避です。悪意とは、自分の自由を否定し、あたかも自分が決定されていると信じ込むことです。

例えば:

ウェイター的悪意:「ウェイターだから、このように振る舞うべきだ」と考え、自分の役割に自分を完全に同一視する。しかし実際には、ウェイターであることは、物的な決定ではなく、毎瞬間において選択された存在の仕方に過ぎません。

自分の過去への同一視:「僕は臆病者だ。だから勇敢に行動することはできない」と考える。しかし、過去の臆病な行動は、未来の臆病さを必然的に決定するのではなく、むしろ、現在においても「臆病であり続けることを選択している」にすぎません。

社会的役割への埋没:「女性だから、男性だから」「労働者だから」「知識人だから」——このようにして、自分の存在を社会的カテゴリーと同一視し、そのカテゴリーの行動様式に従うことを「自然」だと信じ込む。

悪意は、単なる嘘ではありません。悪意は、自分自身への嘘なのです。「自分は自由である」という事実から目を背け、あたかも自分が決定されていると信じ込むこと——それが悪意です。

自由と責任

『存在と無』の中で、サルトルが執拗に強調するのが、自由と責任の関係です。人間が根本的に自由であるということは、同時に、人間が自分自身の人生に対して、完全な責任を負うということを意味します。

「人間は自由に処遇されている。彼は、決定されたものなしで投げ出される。——そして彼は、この自由を逃れることはできない。」

この自由の自覚は、しばしば「不安」(angoisse)を伴います。なぜなら、自分自身の人生について、究極的に決定する責任が、自分自身にあるからです。誰も、自分の代わりに人生を決定することはできないのです。

親が「お前はこうなるべきだ」と言っても、最終的には、子ども自身が、その指示に従うかどうかを選択しなければなりません。その選択の責任は、子ども自身にあるのです。

このような不安の経験を通じて、人間は、自分の自由の根本性を自覚するのです。

意識と否定性(Négatité)

『存在と無』における別の重要な主題が、意識と否定性の関係です。

伝統的な哲学では、意識は、何かを「知覚する」「認識する」という正的な側面に焦点が当てられていました。しかし、サルトルが注目するのは、意識の否定的側面です。

例えば、「ピエールがカフェにいない」という知覚を考えてみましょう。私は、カフェを見回して、「ピエールがいない」ことを知覚します。しかし、世界には、「不在」(absence)という実在的な事実は存在しません。存在するのは、他の客たちの存在、テーブルの存在、光の存在だけです。

「ピエールの不在」は、私の意識が、ピエールへの期待(彼がそこにいるべき、という期待)を持つことの中で、初めて現れるのです。言い換えれば、意識は、世界に「ない」ものを、自分の期待の参照枠を通じて、認識することができるのです。

この「否定性」こそが、意識の特異性です。無機物には、このような否定的な側面はありません。しかし、人間の意識は、常に「ない」「できない」「すべきでない」といった否定を、その構造に組み込んでいるのです。

そして、この否定性こそが、自由の根拠なのです。人間が、与えられた状況に対して「否定」することができるからこそ、人間は自由なのです。

対他者関係と「地獄は他人である」

『存在と無』の第三部では、サルトルが他者との関係を深く分析しています。ハイデガーが「共在」(Mit-sein)の概念で指摘したように、人間は本質的に他者とともに存在しています。

しかし、サルトルの分析は、より複雑で、より対立的です。サルトルにとって、他者との関係は、本来的に葛藤的なのです。

視線と対象化

サルトルが強調するのが、「他人の視線」(regard d'autrui)の問題です。他者が私を見つめるとき、私は、他者の目の中で「対象」となります。それまで、世界の中心にいた「主体」として振る舞っていた私は、突然、他者の視線により、「客体」化されてしまうのです。

例えば、私が他人に見られていることに気付くと、私は「照れ」を感じるかもしれません。この照れという感情は、「他人の視線が、私を対象化している」という意識から生じるのです。

この対象化は、根本的に暴力的です。なぜなら、私の自由が、他者の視線により、侵害されるからです。私は、他者の視線の前で、「何かに見える」ものとなり、私の自由は制限されてしまうのです。

愛と支配

この対他者関係の深刻さは、愛という現象の中に最もよく現れます。サルトルにとって、愛とは、相互の自由の承認ではなく、むしろ、相手を所有し、支配しようとする試みなのです。

恋愛において、私は、相手が「私のものである」ことを望みます。つまり、相手の自由を、自分に対する従属に変えようとするのです。しかし、同時に、相手も、私を所有し、支配しようとしています。この相互の支配への試みが、愛という現象なのです。

この見方は、ロマンティックな愛の理想像に対する根本的な批判です。それでも、サルトルは、この対立的な関係を認めながら、なおかつ、相互の自由を尊重する関係の可能性を放棄していません。

「地獄は他人である」

『いや応なしに自由』という一幕の戯曲で、サルトルは有名な台詞を述べさせています:「地獄は他人である」(L'enfer, c'est les autres)。

この言葉は、他者との関係が本来的に地獄的だということを意味しています。他者は、私の自由を脅かし、私を対象化し、私に責任を課すのです。他者の視線、他者の判断、他者の期待——これらすべてが、私の自由を制限するのです。

しかし同時に、人間は他者なしには存在できません。人間の自由も、他者との関係の中でのみ、その現実的な意味を持つのです。

アンガージュマン:知識人と社会

サルトル思想を形作る、もう一つの根本的な側面が、「アンガージュマン」(engagement, 関与)の概念です。

1948年に発表した『文学とは何か』(Qu'est-ce que la littérature?)において、サルトルは、知識人と作家の社会的責任について論じました。

アンガージュマンとは、単なる「政治的参加」ではなく、むしろ、知識人が自らの言論と活動により、社会を変革することへの関与、そして、その関与に対する倫理的責任を意味します。

「作家が世界について沈黙しているなら、誰が話すのか。作家は、自由である。そして、自由は、他の自由を承認することなしには完成しない。したがって、作家は、自分の作品を通じて、世界の自由のために、争わなくてはならない。」

この考え方は、サルトルが、ソビエト連邦の政治体制に対して批判的でありながらも、ある段階では共産主義を支持し、また、冷戦期の東西対立の中で、複雑な政治的立場を取ることにつながりました。

アンガージュマンの概念は、サルトル自身の人生において、様々な政治的活動、署名活動、デモへの参加などの形で、実践されました。彼は、1960年代のベトナム戦争反対運動、1968年の学生運動、アルジェリア独立戦争などに対して、積極的な支持表明と参加を行いました。

実存主義とマルクス主義

1950年代から、サルトルは、実存主義とマルクス主義の統合を模索しました。『弁証法的理性批判』(Critique de la raison dialectique, 1960年)において、彼は、この統合の試みを最も本格的に行いました。

マルクス主義唯物論は、人間を社会的経済的条件に規定される存在として見なします。これは、サルトルの強調する自由と一見相容れません。しかし、サルトルは、マルクス主義の歴史的分析の有効性を認めながら、同時に、人間の自由と創意工夫の余地を強調しました。

彼の見方によれば、人間は確かに社会的条件に制約されていますが、これらの条件の中において、なお自由であり、自分たちの状況に対して反応し、変革することができるのです。

この立場は、構造主義(ルイ・アルチュセール)による強い批判を受けることになりました。アルチュセールは、サルトルの自由の強調が、構造的決定性を軽視していると批判しました。

創造の自由と選択

『存在と無』では、サルトルが、人間の本質的な活動として「創造」と「選択」を強調します。人間は、自分自身を創造する存在なのです。

この「自己創造」は、決して観想的な営為ではなく、具体的な実践の中に成立します。私は、毎日の行動を通じて、自分自身の本質を創造しているのです。私が、毎日勤勉に働く人間であれば、その行動を通じて、「勤勉さ」という本質を獲得するのです。

この見方には、深刻な帰結があります。それは、人間は、自分たちの本質について、誰かのせいにはできないということです。「私は怠け者であり、そういう性質を持って生まれた」という言い訳は、成立しないのです。むしろ、人間が「怠け者である」ことは、毎日、怠けることを選択している結果なのです。

実存主義と倫理

『存在と無』は、倫理学という形式的な章を持ちません。しかし、サルトルの仕事全体が、深刻な倫理的含意を持っています。

実存主義の倫理的結論は、複雑です。一方では、人間は完全に自由であり、従うべき本質的な道徳的規則は存在しません。しかし、同時に、この自由の自覚は、深刻な責任をもたらします。

もし人間が自由であるなら、人間は「何をしてもよい」のか。これは違います。むしろ、自由であるからこそ、人間は自分たちの行動の責任を、完全に引き受けなくてはならないのです。

サルトルにとって、倫理的行為とは、自分の自由を自覚し、その自由に対して責任を持つことです。そして、同時に、他者の自由をも尊重することです。実存主義的倫理は、人間の自由と責任の両立を求めるのです。

後期サルトル:回顧と遺産

晩年のサルトルは、『言葉』(Les Mots, 1964)という自伝を執筆し、自分自身の人生と思想の形成過程を振り返りました。この著作は、一種の「思想的清算」としての意義を持っています。

また、アルジェリア戦争への明確な支持、冷戦期の複雑な政治状況への対応など、サルトル自身も、アンガージュマンの責任の重さに直面していました。

1960年代から70年代にかけて、構造主義の隆盛により、サルトルの主体中心的な哲学は、次第に批判を受けようになります。フーコー、ラカン、デリダなどの構造主義的・脱構造主義的思想家たちは、サルトルの人間中心主義を批判し、より深い構造的決定性の解明を試みました。

しかし、1980年のサルトルの死とともに、パリの知識人たちの間で、彼の遺産についての新たな評価が始まりました。

自由の文法と存在の根拠

サルトルの自由の哲学をより深く理解するために、彼の論証の論理を追跡することは重要です。

彼の論証:
1. 人間は実存する存在である(生まれた時点で存在する)
2. 人間は本質を持たない(何であるべきか、は決定されていない)
3. したがって、人間は自分自身を定義する
4. 自分自身を定義することは、選択することである
5. 選択することは、自由であることである

この論証は、論理的には強力に見えます。しかし、その前提、特に「人間は本質を持たない」という主張についての批判は多いです。例えば、人間は「理性的動物」「社会的動物」「欲望を持つ存在」などの本質的特性を持っているのではないか、という問いが生じるのです。

現代への指示

21世紀において、サルトルの思想は、いかなる意義を持つのか。

アンガージュマンの継続的課題:デジタル化社会における知識人の役割、SNS時代の言論の自由と責任、グローバル化する世界における政治的関与の形式——これらすべてが、サルトル的「アンガージュマン」の問いを現代に復活させています。

自由と責任の緊張:人工知能による自動化が進む中で、人間の自由と責任の関係は、一層複雑になっています。サルトルの「人間の本質的自由」という主張は、人間がいかに機械化・計算化されようとも、意思決定の責任は人間にあるという洞察を提供するのです。

現代の「悪意」:消費資本主義社会における「自分らしさの追求」の中に、新たな形式の悪意(自分の自由を認識しながら、それでも社会的枠枠への埋没を選択すること)が存在しているのではないか。この問いも、サルトルからの継続的な課題です。

結論

ジャン=ポール・サルトルは、確かに、20世紀の政治的イデオロギーの混乱の中で、複雑で時に矛盾した立場を取り続けました。しかし、その根底にあるのは、人間の自由と責任についての根本的な誠実さなのです。

『存在と無』から『アンガージュマン』の思想へ、そして、政治的活動への参加へと展開するサルトルの思想は、人間が自分自身と世界に対して、いかに真摯に向き合うべきか、という問いを投げかけ続けています。

実存主義は、確かに、その極端性や一方性ゆえに、多くの批判を受けています。しかし、人間が自分たちの自由を自覚し、その自由に対する責任を引き受けるべきだ、という核心的な主張は、人類が人間らしく生きる限りにおいて、失われぬ力を持ち続けているのです。

サルトルは、単なる過去の哲学者ではなく、現在進行形の思想的課題として、我々の前に立ち続けているのです。