近代の社会契約論——ホッブズからカントまで

はじめに——社会契約論の意義と歴史的背景

近代政治哲学の最も重要な概念の一つが「社会契約論」(social contract theory)である。この理論は、政治的権力の正当性がどこにあるのか、なぜ人間は国家に従わなければならないのか、そして国家権力は何によって制限されるべきなのかという根本的な問いに対して、近代的な答えを提供するものである。社会契約論は、政治的秩序が神によって定められたものではなく、人間的な合意と契約に基づいているという考え方を表現している。

16世紀から18世紀にかけてのヨーロッパは、中世的な領主制的秩序が崩壊し、中央集権的な近代国家が形成されつつあった時期である。同時に、宗教改革の結果として、宗教的正統性に基づく権力の根拠も揺らぎ始めていた。この歴史的変動の中で、政治的権力の新たな正当化根拠が求められたのである。社会契約論は、この要求に応える形で発展し、人間の理性と自由意志を基盤として、政治秩序を説明しようとしたのだ。

この理論の先駆的な思想家たちは、人間がその自然的状態(state of nature)においてはいかなる政治的権力にも従属していないということから出発した。ではどうして、人間はある時点で権力に従属するようになったのか。その答えが「契約」(contract)である。人間たちが、互いの間で合意を形成し、その合意に基づいて政治的権力を成立させたというのが、社会契約論の基本的なストーリーである。もちろん、この「契約」が実際に歴史的に存在したと考える人はいない。むしろそれは、政治的秩序の正当性を説明するための概念的装置なのである。

社会契約論の展開は、各思想家が自然状態をいかに理解するか、契約の内容は何であるか、そして成立した国家権力はいかなる権限を有するのかについて、異なる見解を提示することで進んでいった。ホッブズ、ロック、ルソー、そしてカントは、社会契約論の最も重要な代表者たちである。彼らの思想を順に検討することで、近代政治哲学の発展とその内部矛盾、そして現代に至るまでの影響を追跡することができるのである。

ホッブズ——自然状態と絶対主権

トマス・ホッブズ(Thomas Hobbes, 1588-1679)はイングランドの思想家であり、『リヴァイアサン』(Leviathan, 1651年)という著作を通じて、社会契約論の最初の体系的な展開を行った。ホッブズの時代は、イングランド内戦(1642-1651年)の時期であり、政治的秩序の崩壊と暴力が日常的に起こっていた。この歴史的背景は、ホッブズの政治思想に深刻な影響を与えている。彼は、秩序の維持と平和の実現が最高の価値であると考え、そのためには強大な権力が必要であると主張したのである。

ホッブズの議論の出発点は「自然状態」の描写である。彼によれば、政治的権力が存在しない自然状態においては、すべての人間は他のすべての人間に対して戦争状態にある。「万人の万人に対する戦争」(bellum omnium contra omnes)というホッブズの有名な表現が示すように、自然状態は恒常的な暴力と恐怖の状態である。なぜそうなるのか。ホッブズの人間観によれば、人間は本来的に利己的であり、競争心に満ちており、栄誉欲を持つ生物である。このような人間が、権力によって拘束されない状態に置かれれば、互いに衝突し、戦争状態に陥るのは必然である。

この恐ろしい自然状態から逃れるために、人間たちは相互に契約を結ぶことになる。ホッブズが描く契約は、実は複雑なプロセスであり、単純な相互的合意ではない。人間たちは、互いに自分たちの自然的権利(すべてを為す権利)を放棄することに同意する。そして、その権利のすべてを、或いはその多くを、一つの統一的権力に譲り渡すのである。このようにして成立するのが、ホッブズが「共和国」(commonwealth)と呼ぶ政治体である。この共和国の権力は、一個人にせよ、集団にせよ、いずれにしても絶対的でなければならない。

ホッブズの議論の最大の特徴は、社会契約を通じて成立した権力が、契約そのものによっては制限されないと考えていることである。人間たちは権力者に権利を譲り渡すことによって、権力者をも契約の当事者にしない。権力者は、その権力を行使する際に、もはや契約によって制限されないのである。むしろ、権力者の絶対的権力こそが、契約の目的であり、その権力があって初めて秩序と平和が実現されるというわけだ。この意味で、ホッブズの社会契約論は、絶対主権(absolute sovereignty)を正当化する理論として機能しているのである。

ロック——自然権と限定的権力

ジョン・ロック(John Locke, 1632-1704)はイングランドの思想家であり、『市民政府論』(Second Treatise of Government, 1689年)において、ホッブズとは大きく異なる社会契約論を展開した。ロックはホッブズほど人間を悲観的に見ない。確かに自然状態には不便な点(inconveniences)があるが、ホッブズが描くような恒常的な暴力状態ではないとロックは考える。人間には、理性と道徳的感覚が備わっており、ある程度の社会的秩序は自然状態においても可能であると考えるのだ。

ロックの自然状態論の最大の特徴は、「自然法」(natural law)の存在を認めることである。神によって人間に与えられた理性によれば、人間は互いに相手の生命、自由、そして財産を尊重すべきであると知ることができる。この自然法に基づいて、人間たちは互いに相手に危害を加えないことを理解し、ある程度の秩序を保つことができるのである。しかし、この自然法は完全ではなく、偏見による歪みや自分勝手な解釈の危険がある。したがって、より公正で公平な法を制定し、その遵守を強制する権力が必要になるのだ。

ロックによれば、人間たちは社会契約を通じて、政治的共同体を形成する。しかし、ホッブズと異なり、ロックの社会契約は、権力者の権力を無限にするものではなく、むしろ制限するものである。人間たちが権力に譲り渡す権利は、本来的に自分たちのものではない権利ではなく、むしろ「自然的権利」(natural rights)の侵害者を罰する権利、すなわち「執行権」(executive power)であると考えるのである。したがって、権力は、人間たちが譲り渡した権利の範囲内でのみ行使されるべきであり、その範囲を超えて行使されるならば、人間たちはその権力に対して反抗する権利を有するのである。

ロックの思想において特に重要なのは、「財産権」(property rights)の概念である。ロックは、人間が自分の労働によって自然から産出した物は、その人間の財産であると考える。これは中世的な身分制とは異なり、勤勉な労働を通じた財産獲得を正当化する思想であり、後の資本主義的経済秩序を思想的に根拠づけるものとなった。政治的権力は、この財産権を保護することが主要な役割の一つなのだ。権力が財産権を侵害するならば、それは権力が付与された目的に反するものであり、人民はその権力に対して反抗することができるのである。

ルソー——人民主権と一般意志

ジャン・ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau, 1712-1778)はジュネーヴ生まれのフランス啓蒙思想家であり、『社会契約論』(Du Contrat Social, 1762年)において、ホッブズやロックとは異なる、新しい社会契約論を展開した。ルソーはロックの自由主義的社会契約論に対して、強い批判を提起する。ロックの理論では、人民は権力に対して従属的な地位にとどまっており、権力は人民の代理者として機能するに過ぎないとルソーは考える。しかし、本当の民主的秩序とは、人民が主権者となり、自分たち自身を支配する秩序であるべきではないか。これがルソーの根本的な問題提起である。

ルソーの社会契約の特徴は、「一般意志」(general will)という概念にあり。ルソーによれば、社会契約を通じて人民が形成するのは、単なる権力委譲の関係ではなく、「道徳的で集団的な身体」(moral and collective body)である。各個人が自分の意志を放棄することによって形成されるこの集団的身体が、本来的な主権者なのである。そして、この集団的身体が体現する意志こそが「一般意志」なのだ。一般意志は、個々の人間の私的な利益の総合ではなく、共通善(common good)へと向かう意志である。

ルソーの一般意志の概念は、常に正しく、道徳的に優れており、侵す可能性のないものであると考えられる。人民がその一般意志を表明する時、それは最高の権威を有する。したがって、政治的権力は人民の一般意志に基づいてのみ正当性を有するのであり、その一般意志に反する権力の行使は、正当性を失うのである。これは、ロックの限定的権力論よりもはるかに民主的であり、ラディカルな思想である。人民こそが主権者であり、人民は常にその主権を行使する能力と権利を有している。

しかし、ルソーの一般意志論には多くの困難がある。一般意志とは実際には何なのか。どのようにして一般意志を識別し、表現するのか。ルソーは「市民的宗教」(civil religion)のような概念を導入して、社会の統一と秩序を保証しようとするが、これは彼自身の自由の思想と矛盾するものではないかという批判を受けてきた。また、多くの後の政治思想家たちは、ルソーの一般意志の概念が、全体主義的な権力の正当化に用いられる危険性を指摘した。「一般意志」の名の下に、個々の自由と多様性が抑圧される可能性があるというのである。

啓蒙絶対主義と社会契約論の平行展開

18世紀のヨーロッパでは、社会契約論の影響下にありながら、同時に「啓蒙絶対主義」(enlightened absolutism)と呼ばれる政治体制が出現した。プロイセンのフリードリヒ大王やロシアのエカテリーナ女帝などの君主たちは、啓蒙思想の理念を受け入れながらも、同時に強力な中央権力を維持した。この現象は、社会契約論が様々な政治体制を正当化するために使用されうることを示している。

啓蒙絶対主義の君主たちにとって、社会契約論は便利な理論装置であった。彼らは、自分たちの権力も人民との契約に基づいており、人民の福利(happiness)のために権力を行使しているのだと主張することができたのである。この意味で、18世紀のヨーロッパは、社会契約論の思想的影響下にありながらも、同時にホッブズ的な絶対主権が生き続けていた時期でもあったのだ。この緊張関係は、フランス革命へと至る知的・社会的な危機を準備することになったのである。

カント——超越論的な政治哲学

イマヌエル・カント(Immanuel Kant, 1724-1804)はドイツの哲学者であり、『人倫の形而上学』(Metaphysics of Morals, 1797年)において、社会契約論を超越論的な観点から再構築しようとした。カントにとって、社会契約は実際の歴史的事件ではなく、あらゆる政治的秩序の理性的根拠を示す「理性的思想実験」(rational thought experiment)なのである。社会契約論は、政治的秩序がいかに理性的に構築されるべきかを示すための方法論なのだ。

カントは、政治的秩序の根拠を「道徳法」(moral law)に求める。人間は、道徳的存在であり、理性的存在である。この理性的道徳性に基づいて、人間たちは相互に法的秩序を構築しなければならないのだ。社会契約とは、この道徳的な相互尊重の関係を法的に制度化することを意味している。カントによれば、人間は誰もが「内在的価値」(intrinsic worth)を有しており、他の人間を単なる手段として扱ってはならない。この原則に基づいて、政治的秩序は構築されるべきなのである。

カントが特に強調するのは、「共和制」(republic)の重要性である。カントは、政治体制が君主制であるか民主制であるかよりも、その体制がいかに「共和的」であるかが重要であると考える。共和制とは、権力が法によって制限され、権力の行使が市民の同意に基づいている体制のことである。この共和的理想は、ロック的な限定政府論をさらに理性化し、抽象化したものであり、カント自身の義務論的倫理学と結合されたものなのである。

カントのもう一つ重要な貢献は、「永遠平和のための構想」(Toward Perpetual Peace, 1795年)における国際政治論である。カントは、各国家が内部的には共和制を採用し、国家間の関係が法によって規制される「国家連合」(federation of states)を形成することで、永遠の平和が実現される可能性があると主張した。これは、社会契約論の国際的次元への拡張であり、現在の国連や国際法の理想的基礎をなすものである。

社会契約論の内部矛盾と発展

社会契約論の展開は、同時に様々な内部矛盾と困難をもたらしている。まず第一に、「契約」という概念そのものの問題性がある。社会契約は、実際に存在した歴史的事件ではない。では、それは単なる虚構ではないか。もし虚構であるなら、その上に政治的秩序の正当性を基礎づけることはいかにして可能なのか。ロックやルソーは、こうした批判に対して、契約は「仮説的」(hypothetical)なものであり、政治的秩序の理性的根拠を示すための装置であると答えた。しかし、この答えが十分であるかどうかは議論の余地がある。

第二に、自然状態との関係の問題がある。ホッブズ、ロック、ルソーの自然状態観は大きく異なっている。このことは、社会契約論の根拠が実はきわめて不安定であることを示唆している。自然状態をいかに理解するかによって、契約の必要性と内容は全く異なったものになるからである。もし人間が本来的に社会的であり、道徳的であるなら、ホッブズが描く「万人の万人に対する戦争」という自然状態は、現実的でないのではないか。一方、ルソーが描く「自然な人間」の善性も、同じく疑問の余地がある。

第三に、社会契約論は複数の権力の関係をいかに説明するかという問題を抱えている。人民が主権者であるとすれば、実権を行使する政府との関係はいかなるものなのか。ロックやルソーは、人民が政府を通じて権力を行使すると考えるが、これは実際の権力関係を充分に説明しているか。歴史的現実では、政府はしばしば人民の意志に反して権力を行使してきた。権力の集中と権力の相互制衡の問題は、社会契約論の単純なスキームでは不十分であることを示しているのである。

19世紀以降の社会契約論批判

19世紀に入ると、社会契約論に対する根本的な批判が現れるようになった。特に、保守主義の思想家たちは、社会契約論が人間の理性を過度に信頼し、伝統と歴史的発展の重要性を軽視していると主張した。バーク(Edmund Burke)は、政治的秩序は理性的に構築されるべきものではなく、むしろ歴史的過程の中で有機的に発展するものであると考えた。社会契約という「一覧表的な理由づけ」に基づく急進的な政治変化は、かえって秩序の崩壊をもたらすと彼は警告したのである。

また、19世紀のドイツ観念論の哲学者たちも、社会契約論の抽象性に対して批判を提起した。ヘーゲルは『法の哲学』において、社会契約論は個人と国家の関係を単純化しており、国家の道徳的本質を見落としていると指摘した。国家は単なる個人の権利を保護する装置ではなく、より高次の道徳的実現形態であるというのが、ヘーゲルの立場である。このように、19世紀には社会契約論への根本的なアンチテーゼが展開されるようになったのである。

社会契約論の現代的再興と新しい解釈

20世紀後半になると、社会契約論は新たな形式で再興することになった。特に、ジョン・ロールズの『正義論』(A Theory of Justice, 1971年)は、社会契約論を現代的な方法論として復活させたものである。ロールズは、「原初状態」(original position)という思想実験を導入し、理性的で無知な立場から人間たちが選択するであろう正義の原則を導き出そうとした。これはカント的な超越論的方法とロック的な限定政府論を、現代の分析哲学的手法によって再構成したものであり、社会契約論の重要な現代的解釈である。

ロールズ以後の政治哲学は、様々な方向で社会契約論を発展させている。ハーバーマスは、社会契約が実際のコミュニケーション的相互作用の中でいかに実現されうるかについて論じた。フェミニスト政治理論家たちは、従来の社会契約論が家族関係と性別に関する権力関係を見落としていることを指摘し、より包括的な社会契約論の再構築を試みている。このように、社会契約論は、その根本的な困難にもかかわらず、現代においても政治的秩序の正当性に関する思考の中心に位置し続けているのである。

ジェンダーと社会契約論

最近の社会契約論研究において、ますます注目されるようになっているのが、従来の社会契約論がジェンダー関係に対してどのような態度を取ってきたかという問題である。キャロル・パットマンなどのフェミニスト理論家たちが指摘するように、ホッブズからルソーに至る社会契約論の思想家たちは、暗黙のうちに「性的契約」(sexual contract)を前提としていた。すなわち、男性たちの間の平等で相互的な関係を基礎として、社会的秩序を構築していたのであり、女性はこの秩序の中に完全には含まれていなかったのである。

女性は、政治的秩序の形成に参加する契約当事者ではなく、むしろ男性に従属する存在として、この秩序の中に組み込まれていた。この従属性は、単なる事実的な現象ではなく、むしろ社会契約論的秩序の論理的帰結である可能性がある。もし一般意志や共通善が、本来的には男性の利益を中心に定義されるとすれば、女性を完全に等しい契約当事者として扱うことは、この秩序の内部では困難であったのだ。現代のフェミニスト政治理論は、このような社会契約論の隠れた性的階級制を指摘し、より包括的で民主的な契約理論の再構築を試みているのである。

社会契約論と経済的不平等

社会契約論のもう一つの重要な問題は、経済的不平等との関係である。ロックの財産権論は、労働による正当な富の獲得を認めるものであったが、同時に経済的不平等の無限の拡大を正当化する可能性を秘めていた。ロックが想定した社会では、勤勉な労働者が市場の中で自由に活動し、その結果として富を獲得することが認められていた。しかし、資本主義の発展に伴い、経済的不平等は想像を絶するほどに拡大した。

この問題に直面して、現代の社会契約論者たちは、経済的正義とはいかなるものであるべきかについて問い直そうとしている。ロールズの『正義論』は、社会的に最も恵まれていない人々の状況を改善することが、正義の原則に含まれると主張することで、この問題に対応しようとしたのである。また、左翼の政治理論家たちは、社会契約論は経済的階級関係の隠蔽に機能しており、より根本的な経済的再分配と民主的管理の必要性を認識すべきであると主張している。

社会契約論と国家主権

社会契約論は、各国民国家が主権を有する独立した政治体として成立することを理論的に正当化した。しかし現代の国際政治では、国家主権そのものが問われつつある。グローバル化した経済、国際的環境問題、人権の普遍的価値——これらはすべて、国民国家の主権概念に対する挑戦を意味している。カントが夢見た「永遠平和」のための国際的秩序は、現在において新たな実現の可能性と同時に、新たな困難に直面しているのである。

社会契約論は、本来的には国民的スケールで構想されたものであった。しかし、グローバルな世界では、より大きなスケールでの「契約」が必要になるかもしれない。世界的な共通善とは何か、国家を超えた形での一般意志とは何か。こうした問題は、社会契約論を現代的に応用する際に直面する根本的な課題なのである。

結論——社会契約論の永遠的意義と未解決の問題

ホッブズから始まり、ロック、ルソー、カントを経由して展開された社会契約論は、近代政治思想の中心的な伝統となった。それは、政治的権力の正当性を人民の同意に求め、政治的秩序の根拠を理性的に説明しようとする近代的企図を体現している。この意味で、社会契約論は啓蒙主義の最も重要な産物の一つであり、民主主義の思想的基礎の一つなのである。

しかし同時に、社会契約論は多くの内部矛盾と困難を抱えている。自然状態の不確定性、契約の虚構性、権力関係の複雑性、ジェンダーと経済的不平等の問題——これらはすべて、社会契約論の根本的な限界を指摘しているのである。現代においても、社会契約論は政治的正当性に関する思考の中心にあるが、その限界と新たな応用可能性の両者を認識することが必要なのである。

20世紀と21世紀の政治哲学は、社会契約論の遺産を継承しながらも、同時にそれの根本的な批判と改新を試みている。民主主義の理想と現実のギャップ、普遍的人権と多様な文化的価値の関係、国民主権とグローバルな秩序の可能性——こうした問題は、社会契約論的思考の発展を迫っているのであり、この伝統がいまだに活力を持ち続けていることを示しているのである。