バークリー——存在するとは知覚されること

はじめに——バークリーの生涯と時代背景

ジョージ・バークリー(George Berkeley, 1685-1753)はアイルランドの哲学者であり、イギリス経験主義の最も独創的で議論の多い思想家の一人である。彼は1685年にアイルランドのキルケニーで生まれ、ダブリンのトリニティ・カレッジで学んだ。当時のヨーロッパ哲学の舞台ではデカルト、ロック、スピノザ、ライプニッツなどの大思想家たちが活躍しており、知識論、実体論、神学的問題について激烈な議論が展開されていた。バークリーはこうした知的環境の中で、既存の哲学的前提に対して根本的な疑問を提起することになる。

バークリーの主著『人間知識の原理』(A Treatise Concerning the Principles of Human Knowledge, 1710年)は、哲学史上で最も議論を呼び起こした著作の一つである。この著作の中で、彼はロックの物質概念を徹底的に批判し、物質的実体の存在を否定する過激な観念論を展開した。通常、私たちは物質的な実体が客観的に存在し、その性質が私たちの心に観念として映し出されるのだと考えている。しかしバークリーは、この前提そのものが誤りであると主張したのである。彼の論理によれば、存在するのは知覚される事柄であり、その背後に物質的実体が隠れているなどという考え方は、明確な根拠を持たない形而上学的虚構に過ぎないというのだ。

バークリーの時代は、ニュートン物理学が急速に浸透しつつあり、機械的な物質世界観が科学的真理として受け入れられようとしていた時期である。しかし彼は、このような物質主義的な世界観が実は感覚経験と矛盾しているだけでなく、神学的にも問題があると考えた。むしろ、すべての現象は神の心の中に存在する観念であり、私たち人間も神の知覚の中に存在する知覚主体なのだという思想を展開することで、観念論を完成させ、同時にこれを神の絶対的存在と結びつけたのである。本稿では、バークリーのこのような革新的な哲学体系を、その論理的基礎から現代的意義まで、詳しく検討していくことにしたい。

ロック批判——物質的実体の不合理性

バークリーがその哲学的思想の出発点とした問題は、ロックの物質実体論に対する根本的な批判である。ロックは『人間知識論』の中で、物質的実体という見えない媒体が存在し、その中に一次性質(大きさ、形、運動、数など)と二次性質(色、味、におい、音など)という異なる性質が内在していると主張した。一次性質は物質的実体に実際に内在しており、二次性質は人間の感覚器官による反応に過ぎないというロックの区別は、当時の物理学的世界観と調和するものであり、多くの哲学者に受け入れられていた。

しかしバークリーは、この一次性質と二次性質の区別そのものが不当であることを巧妙な論証を通じて示した。彼は次のように論じている。私たちが物質的実体について知ることができるのは、常にその性質を通じてである。すなわち、色、形、硬さ、温度、音など、私たちが感知することのできる感覚的性質を通じてのみ、私たちは物質的存在を認識しているということである。では、ロックが主張するような見えない物質的実体の本体は、一体どのように認識されるのだろうか。答えは明確である。それは全く認識されないのだ。なぜなら、認識されるのは常に観念であり、感覚的性質であり、人間の心の中の観念だからである。

バークリーの批判はさらに進む。ロックが二次性質は主観的であり、一次性質は客観的であると主張したことに対して、バークリーは一次性質もまた同様に主観的であり、知覚主体に依存していることを示した。例えば、三角形の「形」を考えてみよう。私たちは三角形の形を知覚する。しかしこの知覚される形は、どの角度から見ているか、どれほど近くから見ているか、何色の光の下で見ているかに依存している。形そのものは、常に何らかの特定の視点から、特定の光の条件下で知覚されるのであり、純粋な形そのものが見えることはないのである。すべての知覚は、知覚者の特定の位置、特定の感覚器官に依存しており、したがってすべての知覚的性質は本質的に相対的であり、主観的なのである。

このようにしてバークリーは、ロックが客観的だと考えた一次性質も、二次性質と同様に主観的な知覚依存的なものであることを論証した。そうだとすれば、「見えない物質的実体」という概念は、何の根拠もない空虚な概念となる。物質的実体は、その性質を通じてのみ認識されるはずだが、その性質がすべて知覚依存的であり、主観的であるならば、その背後に存在するはずの物質的実体とは、一体何なのだろうか。バークリーの答えは明確である。物質的実体は存在しないのだ。存在するのは、知覚される観念のみである。

観念論の構築——esse est percipi

バークリーの最も有名な命題は、ラテン語の「esse est percipi」(存在することは知覚されることである)という表現に集約される。この命題は、哲学史上で最も激論を呼び起こした命題の一つであり、多くの批評家から様々な攻撃を受けてきた。しかし、バークリーがこの命題を展開した論理は、実は非常に厳密であり、彼の哲学的体系の中では必然的な帰結なのである。

バークリーによれば、私たちが知ることのできるすべてのものは、知覚されるものであり、すなわち観念である。私たちは外界に直接到達することはできない。私たちがアクセスしうるのは、私たちの心の中の観念のみである。したがって、物質的実体が存在すると主張することは、実際には知覚されない何かの存在を主張することになり、これは論理的矛盾に陥る。なぜなら、存在するとは、認識の対象となることであり、したがって知覚されることだからである。逆に言えば、知覚されないものは、存在しないのと同じなのである。

この論理の帰結として、バークリーは次のような急進的な主張へと進む。世界に存在するすべてのものは、心に存在する観念である。色、形、音、におい、味——これらすべての性質は、知覚する心の中に存在する。物質的なモノは存在せず、存在するのは知覚主体としての心と、その心の中に存在する観念のみである。この主張は「観念論」(idealism)と呼ばれ、ロック的な経験主義をその最終的な論理的結論へと導く極端な形式である。

しかし、ここで重大な疑問が生じる。もし存在するものが観念のみであり、物質的実体が存在しないとすれば、複数の人間が同じ対象を知覚することはいかにして可能なのだろうか。私がこの机を見ているとき、他の人もこの机を見ている。しかし私と他の人は異なる心を持っており、したがって異なる観念を持っているはずである。それなのに、私たちはなぜ同じものを知覚していると考えることができるのだろうか。さらに、もし物が知覚されない時には存在しないとすれば、私が寝ている間、この部屋は存在しないのだろうか。

バークリーは、この難問に対して、神の存在を導入することによって答えるのである。すべての物質的現象、すべての知覚される観念は、最終的には神の心の中に存在する観念なのだという思想である。神は絶対的知覚者であり、すべての瞬間においてすべての事物を知覚し続けている。したがって、人間が知覚していない時でも、神が知覚しており、したがって物は存在し続けるのである。また、複数の人間が同じ対象を知覚することができるのは、神が各人間に一貫した観念を与え続けているからなのである。神の知覚こそが、客観的現実の究極の根拠なのだ。

神の役割——観念論の完成

バークリーの観念論において、神の概念は単なる一つの要素ではなく、むしろこの哲学体系の中心的な基礎である。バークリーは『人間知識の原理』の第二部において、神がいかにしてこの観念論的世界の秩序と一貫性を保証しているかについて、詳細に論じている。神は全知全能の知覚者であり、時間を超越した存在であり、同時にすべての瞬間にすべての物事を知覚している。人間の知覚は移ろいやすく、不完全であり、限定されているが、神の知覚は完全であり、永遠であり、無限である。

バークリーの思想の中で興味深い点は、彼が観念論を単なる認識論的立場としてではなく、同時に神学的立場として展開しているということである。彼によれば、哲学的に考えれば、物質主義は実は神の存在と矛盾しているのだ。なぜなら、物質的実体が独立して存在するならば、それは神の知覚と独立に存在することになり、したがって神の全知全能性を脅かすからである。逆に、すべてのものが神の心の中の観念であると考えれば、神の絶対的支配と無限の知識が保証されるのである。したがって、観念論こそが、真の意味で神的秩序と調和した哲学的立場なのだという。

この思想は、バークリーが18世紀の宗教的懸念に応えようとしていたことを示している。当時、ニュートン物理学の成功は、機械的な物質世界観を広げており、一部の知識人たちはこれが神を不要にするのではないかと懸念していた。バークリーは、むしろ観念論的世界観こそが神の存在と介入の可能性をより明確に示すものであると主張することで、科学的進歩と神学的正統性の調和を図ろうとしたのである。神こそが、すべての現象の源泉であり、すべての秩序の根拠であり、すべての存在の根底にある絶対的実在なのである。

一般人の反論と「スピノザの悪魔的な微笑」

バークリーの哲学が発表されると、同時代の思想家たちからの批判は激烈であった。その中でも最も有名な反論は、サミュエル・ジョンソンという人物による反駁である。ジョンソンは、バークリーの主張に対して、単に石蹴りをして「私は物質を感じる」と言い張ったとされている。これは哲学的な反論というより、むしろ観念論の主張があまりに常識に反するために、それに対する本能的な反発を示した行為である。この逸話は、バークリー哲学が有する根本的な説得力の問題を示唆している。

しかし、よりシリアスな哲学的批判も多くあった。特に、バークリーが次々と問題に直面することになったのは、彼の理論の内部矛盾に関するものであった。例えば、バークリーは「観念」と「知覚者」の区別を行うが、この区別そのものが彼の理論的枠組みの中で正当化されるのかという問題である。バークリーは知覚者(perceiver)の存在を認めるが、この知覚者もまた観念なのか、それとも何か異なるものなのか。もし知覚者も観念であるなら、それは誰の心の中の観念なのか。もし知覚者が観念ではなく、何か別の実体であるなら、それはバークリーが物質的実体の存在を否定したことと矛盾しないだろうか。

バークリーはこの問題に対して、知覚する心(mind)や精神(spirit)は、観念ではなく知覚の主体であり、「観念の支持者」(supporter of ideas)であると答える。心は能動的であり、観念は受動的である。観念は何かによって支持されなければならず、その何かが心、すなわち知覚する主体なのだという。しかし、この答えはいかにも曖昧であり、「心とは何か」という問いに対しては十分な答えを与えていない。心そのものが知覚されない実体であるなら、バークリーが物質的実体を否定した時と同じ論理が、ここでも心に適用されるべきではないだろうか。

さらに興味深い問題として、バークリーの思想とライプニッツの単子論との関係がある。ライプニッツも、バークリーと同様に物質的実体の客観的存在を拒否し、実在するのは知覚する精神的実体(単子)のみであると主張していた。実は、バークリーはライプニッツの『単子論』を知っていた可能性が高い。しかし、バークリーとライプニッツの思想には重要な違いがある。ライプニッツは、物質現象は単子の表象(representation)に基づいており、したがって物質界には一定の秩序と法則性があると考えた。これに対して、バークリーは物質現象の秩序と規則性を、直接的には神の継続的な創造と知覚に帰することで説明しようとした。

精神的実体と知覚の連続性

バークリーの理論の内部で重要な役割を果たす概念が、「精神的実体」(spiritual substance)あるいは「心」(mind, spirit)の概念である。彼は『三つの対話』(Three Dialogues between Hylas and Philonous, 1713年)において、この概念をより詳細に検討している。バークリーにおいて、心とは何よりもまず、知覚と意志の活動を行う主体である。受動的な観念の流れを知覚する主体、そしてその心が外部の事物に作用することを意志する主体として、心は定義されるのである。

人間の心もまた精神的実体の一形態であると、バークリーは考える。人間の心は有限であり、限定された知覚能力を持つが、その本質においては神の心と同じく精神的であり、知覚と意志の能力を持つ。人間が知覚する観念は、人間の心の中に存在する。しかし同時に、すべての観念は最終的には神の心の中にも存在する。人間が知覚する赤い色は、人間の心の中で知覚される観念であると同時に、神の心の中でも知覚されている。複数の人間が同じ対象を知覚することができるのは、神がすべての人間に一貫した観念を与え続けているからなのである。

バークリーのこの思想が示唆する興味深い問題は、人間の知覚と神の知覚の関係についてである。人間が何かを知覚する時、それは本当に人間独立の知覚なのだろうか、それとも人間は神の知覚に参加しているに過ぎないのだろうか。バークリーの文献を読む限りでは、彼の考えは後者に近いようである。人間の知覚は、究極的には神によって与えられた観念であり、人間の心はその観念を通じて、神の知覚に参加しているに過ぎないというのだ。人間は知覚する能力を持つが、その能力の根拠は神にあり、人間が知覚する内容も最終的には神に由来しているというわけである。

さらに、バークリーは知覚の連続性の問題について考えている。私たちは、この世界が知覚されない時でも存在し続けると信じている。椅子を見つめているとき、私が目を閉じても、その椅子は存在し続けていると考える。しかし観念論の枠組みでは、この確信をいかにして正当化できるのか。バークリーの答えは、神の知覚の継続性である。人間が知覚を中断しても、神は決して知覚を中断しない。神は常に、すべての瞬間において、すべての事物を知覚し続けている。したがって、人間が知覚していない時でも、その事物は神の心の中に観念として存在し続けるのであり、それゆえに存在し続けるのである。

共通感覚と言語コミュニケーション

バークリーの思想の中で、実践的な側面として重要なのが、複数の人間の間での共通理解がいかにして可能であるかという問題である。もし各人間が独立した心を持ち、各々の心の中にのみ観念が存在するのであれば、人間同士のコミュニケーションはいかにして可能なのだろうか。バークリーはこの問題に対して、「共通感覚」(common sense)の概念を導入する。人間は通常、日常的な経験における事物の安定性と一貫性を信じている。私が椅子を見ている時、他の人も同じ椅子を見ていると信じている。

言語は、この共通感覚を可能にするための媒体である。バークリーにおいて、言語の役割は非常に重要である。言葉は、特定の観念を表象する記号として機能するのではなく、むしろ他者との共通理解を可能にするための手段として理解される。「赤」という言葉を聞く時、他者がそれによって表現されている観念は、私の心の中の赤の観念と完全に同じではないかもしれない。しかし、言葉の共有によって、私たちは「赤」という概念について、実用的に共通の理解を保つことができるのである。

バークリーの言語論はこの点で、同時代のロックの言語理論と異なっている。ロックは言葉を「観念の衣」と考え、言葉は観念を表現する記号であると主張した。これに対してバークリーは、言葉はむしろ他者の心に特定の観念を喚起し、コミュニケーションを可能にするための道具であると考える。言葉の意味は、言葉が正確に表現する特定の観念の内容にあるのではなく、むしろ言葉が聞き手の心に喚起する観念的効果にあるというわけである。この理解は、後のウィトゲンシュタインの意味の使用説に先駆けるものであり、バークリーが言語哲学においても先見的であったことを示している。

経験主義の内部矛盾と超越論的観念論への道

バークリーの哲学は、ある意味では、ロック的経験主義の内部矛盾を徹底的に追求したものである。ロックは、すべての知識は感覚経験に基づくと主張しながら、同時に物質的実体という感覚経験を超えた何かの存在を仮定していた。バークリーはこの矛盾を指摘し、経験主義の原理をより厳密に適用することで、観念論へと到達したのである。

しかし、バークリーの観念論それ自体もまた、新たな理論的困難を引き起こした。その困難は、18世紀の後半から19世紀にかけて、さらに詳細に検討されることになる。カント、フィヒテ、シェリングなどのドイツ観念論の哲学者たちは、バークリーの発見した問題について深く思索し、それぞれの方法で解決を試みた。カントは、バークリーの超越論的観念論(transcendental idealism)の先駆者として高く評価した。カントの考えでは、物質的実体の客観的存在を否定するバークリーの立場は、一定の正当性を有するが、同時に人間の先験的認識条件(time and space)を無視している点で不完全であるというのである。

バークリーの思想の歴史的意義は、単に物質的実体の存在を否定したというだけではなく、むしろ知覚主体と知覚対象の関係に関する根本的な疑問を提起し、その後の大陸的観念論の展開を促したという点にある。バークリーなくしては、カント的超越論的観念論も、ドイツ観念論も存在しなかったであろう。バークリーは、ロック的経験主義の内部矛盾を明らかにすることで、近代哲学の方向性を根本的に転換させたのである。

現代的再評価——心身問題と主観性

20世紀後半から21世紀にかけて、バークリーの観念論は、新たな観点から再評価されるようになった。特に、心身問題やクオーリア(qualia)の問題が哲学的な関心を集めるようになると、バークリーの思想がこうした現代的問題に光を投げかけるものであることが認識されるようになったのである。現代の分析哲学者の中には、バークリーの主張を完全に真面目に受け取り、その論理的結論を追求しようとする者もいる。

例えば、「主観的唯心論」(subjective idealism)あるいは「唯我論」(solipsism)という極端な形式の観念論は、バークリーの基本的な前提からは必然的に導き出されるように見える。もし存在するのは知覚される観念のみであり、知覚者の心の中の観念のみであるなら、なぜ複数の心の存在を仮定しなければならないのか。むしろ、自分自身の心だけが存在し、他のすべては自分の心の中の観念に過ぎないのではないか。バークリーはこの帰結を避けるために、神の存在を導入したが、神の存在を仮定しなければ、観念論は必然的に唯我論へと沈み込んでしまうのではないか、という問題が生じるのである。

しかし、別の観点からは、バークリーの観念論を「唯心論」(mentalism)の一形式として理解し、意識や心的状態の重要性を強調するものとして肯定的に評価する立場もある。現代の認知科学や神経科学が進むにつれ、知覚経験がいかに根本的に脳の活動に依存しているかが明らかになった。物理的な事物についての私たちの知識は、実は脳の神経活動によって構成された表象に基づいているのである。この意味で、バークリーが指摘した「知覚されることがなければ存在しない」という主張には、現代科学的観点からも一定の妥当性があるというわけである。

バークリーと物理学

バークリーの思想の中で、特に興味深い側面の一つは、彼が古典物理学、特にニュートン物理学に対してどのような態度を取っていたかという問題である。一般に、バークリーは観念論に基づいて物質主義的な物理学を批判したと理解されている。しかし実は、バークリーは物理学そのものを否定しているのではなく、むしろ物理学の解釈について異なる立場を主張しているのである。バークリーに言わせれば、物理学は自然現象の規則性と相互関係を記述する学問である。その限りにおいて、物理学は正当であり、有用である。

しかし、物理学が物質的実体という形而上学的概念を導入する時、それは物理学の領域を超えるのである。物理学は現象間の法則的関係を述べるだけであり、その背後に存在するはずの物質的実体についての何事も言う権利を持たないというのがバークリーの立場である。後にこのような考え方は「現象主義」(phenomenalism)として発展することになる。現象主義者によれば、物理学の法則や方程式は、事物がどのように現れるかについての説明であり、事物が実際にどのように存在するかについての説明ではないのである。

倫理学と美学

バークリーの哲学体系において、倫理学と美学はあまり詳しく発展されていない。しかし、彼の思想から導き出される倫理的含意は興味深いものである。バークリーが神を世界の秩序の根拠として導入したことは、単に認識論的必要性からではなく、倫理学的関心からも来ている可能性が高い。もし物理的自然界が機械的な因果法則によってのみ支配されているなら、道徳的秩序はいかにして正当化されるのだろうか。これはライプニッツも直面した問題である。バークリーは、道徳的秩序が神の知恵と善意に基づいていると考えることで、物質主義的決定論から逃れようとしたのである。

美学の観点からは、バークリーは感覚の重要性と主観性を強調することで、美的経験の本性についての新たな理解をもたらした。美とは何か。バークリーにおいては、美も含むすべての美的性質は、知覚主体の心の中に存在する観念である。美は客体に存在するのではなく、知覚者の知覚の中に存在するのである。この考え方は、18世紀の美学の発展において、「趣味」(taste)の理論へと発展していくことになる。

バークリーの遺産と現代哲学

バークリーの思想は、その後の近代哲学の発展に多くの影響を与えた。カントは『純粋理性批判』の中で、自分の立場を「超越論的観念論」と名付けける際に、バークリーを参照しているが、カント自身はバークリーの観念論を批判し、自分の立場をそれから区別しようとしていた。カントは、バークリーが物質的実体を否定し、すべてを観念に還元したことは誤りであると考えたが、同時にバークリーが提起した認識論的問題の重要性を認めた。

ドイツ観念論の哲学者たちも、バークリーの思想に深く関わっている。フィヒテは自我を絶対的根拠として、より進んだ観念論を構築しようとしたが、その際にもバークリーの思想は重要な出発点を提供した。ヘーゲルもまた、バークリーの観念論を超越しながらも、彼の思想の中に重要な洞察を認めていた。

20世紀において、バークリーの思想は論理実証主義者たちから再び注目を集めた。カルナップなどの論理実証主義者たちは、物理的対象を感覚経験の複合体として分析する際に、バークリーの現象主義的なアプローチを新たな観点から評価した。バークリーが考えた「物質的対象とは観念の複合体である」という思想は、物理的対象の論理分析的定義において再評価されたのである。

21世紀の現代哲学においても、バークリーの思想は活き続けている。デジタル化された世界、仮想現実の時代において、「知覚されない存在は実在するか」という問題は、新たな緊急性を帯びている。バークリーが18世紀に提起した問題は、今日なお、私たちの世界認識の根本に関わる重要な問題であり続けているのである。

結論——観念論の永遠的意義

ジョージ・バークリーの『人間知識の原理』は、出版から300年以上が経ちながら、今なお哲学的思考に深い刺激を与え続けている。彼が主張した「存在することは知覚されることである」という命題は、常識的には奇異に聞こえるが、その論理的基礎を追求すれば、極めて厳密であり、簡単には反駁できないものであることが分かる。バークリーは、ロック的経験主義の内部矛盾を徹底的に追求することで、物質的実体という概念の問題性を明らかにし、近代哲学に新たな方向性をもたらしたのである。

彼の観念論は、単に認識論的な主張ではなく、同時に形而上学的で、神学的な主張でもある。バークリーは、物質主義的世界観に対抗して、精神的な価値観の重要性を強調し、神の存在と知恵の必要性を論じた。この点で、バークリーは純粋に認識論的な哲学者ではなく、信仰と理性の調和を求めた思想家であったと言える。

バークリーの思想の最終的な評価は、近代以降の哲学史の発展の中でのみ可能である。彼は物質的実体の存在を否定し、すべてを観念に還元する過激な立場を取ったが、この過激さの中にこそ、近代的思考の根本的な困難が集約されている。知覚と実在の関係、主観性と客観性の関係、物質と意識の関係——これらの問題はバークリーによって鮮烈に提起され、その後の哲学者たちによって様々に解釈され、批判され、発展させられてきたのである。バークリーは確かに極端な観念論者であったが、その極端性こそが、彼を近代哲学史上最も重要で、最も創造的な思想家の一人にしているのである。