ヒューム——懐疑論と情念の哲学者

ヒューム——懐疑論と情念の哲学者

はじめに:懐疑論的経験論の極致

デイヴィッド・ヒューム(David Hume, 1711-1776)は,スコットランドの哲学者であり,イギリス経験論哲学の最も急進的で,最も徹底的な代表者です。彼は,ジョン・ロックが導入した経験論的アプローチを,その論理的極限まで押し進めました。その結果,彼は,我々の日常的な信念の基礎——因果性,物体の客観的存在,自我の同一性——に関して,根本的な疑問を提示しました。このため,彼は時に「哲学の恐るべき子」と呼ばれています。これは,経験論的方法論を厳密に適用したその結果が,一見すると,懐疑主義的で,破壊的に見えるということです。

しかし,同時に,ヒュームは,完全な懐疑主義者ではありませんでした。彼は,人間が,実際には,懐疑的な結論を,生活の中で拒否するという事実を,鋭く観察していました。人間は,その理性的な分析がどうであれ,実際の行動の中では,世界の客観的存在や,因果的関係の実在性を前提として行動しています。ヒュームは,この人間の実践的な行動と,哲学的な理性的反思の間にある緊張を,直視し,それを真摯に分析しました。彼は,理性の限界と,本性的な信念の力の両方を認識する哲学者でした。

ヒュームは,また,道徳や美意識についても,革新的な考えを発展させました。彼は,道徳判断の基礎は,理性ではなく,情念(passion)——特に,感情と同情心(sympathy)——にあると主張しました。これは,それまでの多くの道徳哲学者たちが仮定していた,理性的な普遍的原理に基づく道徳的判断という立場に対する,根本的な異議を唱えるものでした。ヒュームのこのような思想は,後代の感情主義的道徳哲学と,同情心に基づく倫理学に,大きな影響を与えました。

ヒュームの生涯と主要著作

ヒューム(David Hume)は,1711年にスコットランドのエジンバラ近郊に生まれました。彼は,スコットランド啓蒙運動の中心的人物の一人となり,18世紀のスコットランドは,哲学,文学,科学の領域で,ヨーロッパ全体で注目される知的中心となりました。ヒュームは,エジンバラ大学で法律を学びましたが,同時に,自分の天賦の才能が,むしろ哲学的な思考にあることを認識しました。

1734年から1737年にかけて,ヒュームはフランスに滞在しました。この滞在中に,彼は彼の最初の,そして最も重要な哲学的著作である『人間本性論』(A Treatise of Human Nature)の大部分を執筆しました。この著作は,1740年と1741年に出版されました。『人間本性論』は,人間の知識,感情,行為の全体を,統一的な原理から説明しようとする,極めて野心的な試みです。しかし,この著作は,当初,それほど大きな注目を集めませんでした。ヒューム自身は,この著作の出版について,「死産」と述べています。

その後,ヒュームは,『人間本性論』の思想をより簡潔で読みやすい形式で表現するために,いくつかの著作を発表しました。『人間知性研究』(An Enquiry Concerning Human Understanding, 1748)と『道徳原理についての研究』(An Enquiry Concerning the Principles of Morals, 1751)は,『人間本性論』の思想をより磨き上げ,より有効に表現したものです。これらの著作は,より広い読者層に受け入れられ,ヒュームの哲学的評判を確立するのに貢献しました。

ヒュームは,また『エッセイ集』(Essays Moral and Political)も出版しました。これらのエッセイは,政治,経済,文学,美学についての,実用的で読みやすい議論を提供しました。彼はまた,大規模な『イングランド史』(History of England)の著者でもあります。この著作は,当時の最も重要な歴史著作の一つでした。

知覚論と思考の原素的単位

ヒュームの哲学の基礎は,人間の知覚についての分析にあります。彼は,『人間本性論』の冒頭で,自分の基本的な立場を明確にしました。人間の心は,様々な知覚(perceptions)——知識,感覚,感情,願望——の束(bundle)または集合に過ぎないというのが,彼の見方です。

ヒュームは,知覚を二つの種類に区別しました。第一は,印象(impression)です。印象とは,より大きな力と鮮明さを持つ知覚です。感覚を通じて得られる直接的な経験——色や音や味——や,感情や欲望,思考の直接的な経験が,印象です。第二は,観念(idea)です。観念とは,印象の,より弱い複写です。観念は,印象から来るものであり,観念は,記憶や想像を通じて,印象から派生する二次的な知覚です。

ヒュームのこの区別は,ロックのシンプルな観念(simple idea)と複合的な観念(complex idea)の区別を,より精密化したものです。重要なのは,ヒュームが,すべての意味のある思考は,最終的には,感覚的印象に還元されなければならないという,極めて厳格な原則を提唱したことです。もし,ある概念が,実際の感覚的経験に対応する印象を持たないなら,その概念は,無意味であるか,不明確である。例えば,「神」や「自我」や「実体」のような,抽象的な概念は,それが対応する明確な感覚的印象に分解されるまで,厳密には,明確ではないということです。

因果性批判

ヒュームの哲学において,最も有名で,最も影響力を持つ部分は,おそらく因果性批判です。人間は,通常,原因と結果の関係が,世界に客観的に存在すると仮定しています。もし何かが起こった場合,それは,ある原因によってもたらされたと考えます。科学的思考全体が,このような因果的推論に基づいています。しかし,ヒュームは,因果性の概念を,厳密に分析することで,われわれが日常的に因果性についての確信がどのような基礎に依拠しているかについて,根本的な疑問を提起しました。

ヒュームの分析は,次のようなものです。われわれが因果的関係を観察するとき,われわれが実際に観察しているのは,二つのイベントの継起(succession)と同時性(contiguity)です。例えば,玉突きの球の一つが別の球に衝突する場合,われわれは,最初の球の運動,そして,その直後の,二番目の球の運動を観察します。しかし,厳密に言えば,われわれが観察しているのは,これらの二つのイベントの順序と接近性だけです。われわれが「原因」と呼ぶ最初のイベントが,「結果」と呼ぶ二番目のイベントを,どのようにして「産み出した」のかについて,われわれは,直接的な感覚的印象を持ちません。

このため,ヒュームは,因果的関係は,二つのイベント間の必然的な結びつき(necessary connection)ではなく,むしろ,繰り返された接近性と継起からの,心理的な習慣(custom)または関連性(association)の結果であると主張しました。われわれが「原因」と「結果」と考えるものは,実は,単に常に一緒に観察される印象の規則的な継起に過ぎません。ビリヤード球が繰り返し衝突するのを見たという,繰り返された経験から,次の衝突でも同じことが起こるだろうと,われわれの心は,習慣的に予期するようになります。しかし,この予期は,世界の客観的構造に対応する確実な知識ではなく,われわれの心に形成された習慣の結果に過ぎません。

帰納法の問題

ヒュームの因果性批判と密接に関連している問題が,帰納法の問題です。帰納推論(inductive reasoning)とは,限定された数の事例から,普遍的な結論を導く推論です。例えば,「われわれは,太陽が昨日上ったことを知っており,今日も上ったこと,また明日も上るだろうことを推測する」というのは,帰納推論です。科学的知識全体が,このような帰納推論に依存しています。

しかし,ヒュームは,帰納推論を正当化することは,実は不可能であると主張しました。帰納推論を正当化するためには,自然の一様性の原理(principle of the uniformity of nature)——つまり,過去に観察された自然の規則性が,将来においても同じように機能するという原理——が必要です。しかし,この自然の一様性を正当化することは,どのようにしてできるのでしょうか。もし,われわれが,この原理を帰納法によって正当化しようとすれば,われわれは,循環的な論証に陥ります。なぜなら,帰納法そのものを正当化するために,自然の一様性を仮定する必要があるからです。

一方,もし,われわれが,自然の一様性の原理を,理性的な前提条件として,演繹的に正当化しようとすれば,その試みもまた失敗するように思えます。なぜなら,自然の一様性は,経験的なものであり,理性的な原理ではないからです。ヒュームの見方では,帰納推論の正当化は,根本的に不可能です。われわれが帰納的に推論するのは,単に心理的な習慣と期待の力によってであり,その推論に哲学的な正当性があるわけではありません。

自我と個人的同一性

ヒュームは,また,自我と個人的同一性についても,根本的な質問を提示しました。伝統的な哲学では,各個人は,統一的で継続的な自我を持つと仮定されてきました。デカルトの「我思う,ゆえに我あり」という命題も,一つの統一的で継続的な自我の存在を前提としています。しかし,ヒュームは,この仮定に強い疑問を提示しました。

ヒュームの分析によれば,われわれが「自我」と呼ぶものは,実は,相互に関連する印象と観念の束に過ぎません。われわれが内観する場合,われわれが見つけるのは,具体的な知覚——痛み,喜び,思考,感情——です。しかし,われわれが見つけるのは,これらの知覚そのものを統一する,何らかの基礎的な自我ではありません。ヒュームは,明確に述べています:「自分自身の内に,より深く入り込もうとするたび,私が常に出くわすのは,特定の知覚である。私は自分の自我を掴むことができない。」

もし,統一的で継続的な自我が存在しないなら,時間を通じた個人的同一性はいかにして説明されるのでしょうか。ヒュームの回答は,個人的同一性は,実は,記憶と結びついた,相互に関連する知覚のシステムであるということです。ある人が,別の人と同じ自我を持っていると言うのは,その人が,記憶を通じて,その別の人の経験と結びついているということを意味しています。時間を通じた連続性は,記憶の連鎖によってもたらされるのです。

情念と道徳判断

ヒュームの哲学の中で,より肯定的で建設的な部分は,おそらく,彼の情念と道徳についての理論です。彼は,それまでの多くの倫理学者たちが仮定していた,道徳判断は理性に基づくという立場に対して,直接的な異議を唱えました。ヒュームの主張は,道徳判断の真の基礎は,理性ではなく,感情と情念にあるということです。

ヒュームにとって,情念(passion)とは,知覚の一種であり,印象です。情念は,理性とは異なる心的力です。理性は,真と偽の関係を識別することで,われわれの信念を形成します。一方,情念は,行為を直接的に動機づけます。人間が行為する際,人間は理性的な計算に従うのではなく,欲望や感情といった情念に従うのです。

ヒュームの道徳論の中で,最も重要な概念の一つが,同情心(sympathy)です。同情心とは,他者の感情や経験への,共感的理解です。ヒュームは,人間は,それぞれが,他者の快楽と苦痛に対して,自然的な関心を持つと主張しました。この同情心こそが,道徳的判断の真の基礎です。われわれが,ある行為を道徳的に善いと判断するのは,その行為が,人間の幸福を増進させるからです。われわれが,ある行為を道徳的に悪いと判断するのは,その行為が,人間の幸福を減少させるからです。

宗教と奇跡についての議論

ヒュームは,また,宗教についても,批判的な分析を行いました。彼は,『人間知性研究』の中で,「奇跡についての第十節」として知られる有名な議論を提唱しました。この議論は,奇跡的なイベントに関する証言的知識の信頼性についてのものです。

ヒュームの主張は,次のようなものです。奇跡とは,自然法則の違反として定義されます。自然法則は,最も広範な人間経験に基づいています。奇跡的イベントについての証言も,やはり人間の経験に基づいています。しかし,人間の経験は,奇跡的イベントが発生しないことを,ほぼ普遍的に示しています。したがって,奇跡的イベントについての証言を受け入れることは,最もよく確立された経験に反する証言を受け入れることです。

美学と美についての感情

ヒュームは,また,美学についても,重要な思想を発展させました。彼は,美と美的判断についての本質を,分析するいくつかのエッセイを著しました。彼の見方によれば,美は,ある物体の客観的な性質ではなく,むしろ観察者の感情に依存しています。「美は鑑賞者の目の中に存在する」というヒュームの有名な言葉は,この立場を表現しています。

しかし,ヒュームは,同時に,ただの相対主義者でもありません。異なった個人が,美についての判断が異なるかもしれませんが,より多くの経験と感受性を持つ個人の美的判断は,より信頼できると考えられるべきです。

政治思想と経済学

ヒュームは,また,政治思想と経済学についても,重要な貢献をしました。彼のエッセイ「商業について」(Of Commerce)は,商業活動と経済発展についての,極めて進歩的な見方を示しています。彼は,商業的交易が,社会全体の幸福と安定に貢献することを主張しました。これは,当時の多くの思想家が,商業活動を,道徳的堕落の源泉と見なしていた時代には,極めて革新的な見方でした。

また,彼は「完全均衡についての説」(Of the Balance of Trade)で,経済学についての洞察も示しました。彼は,金銀の蓄積が,必ずしも国家の繁栄をもたらすわけではないことを論証しました。むしろ,生産的な産業と商業活動が,真の富をもたらすのです。この見方は,後代の古典的政治経済学の発展に,影響を与えました。

ヒュームはまた,政治的自由についても考察を行いました。彼は,共和制と君主制の相対的な利点についての議論を展開しました。彼の見方では,どちらの政治体制も,その運営される方法によって,等しく自由な社会または専制的な社会をもたらすことができます。政治的自由は,特定の制度形式よりも,むしろ,統治者と被統治者の間の相互的な尊重と信頼によって実現されます。

ヒューム的懐疑主義の含意

ヒュームの哲学全体を考えると,それは,一種の限定的で実践的な懐疑主義を表現しています。彼の理性的分析は,われわれの日常的な信念——因果性,物体の存在,自我の統一性,自然の一様性——が,完全に理性的に正当化されることはできないことを示しています。これは,一見すると,根本的に破壊的です。

しかし,ヒュームは,この理性的な懐疑主義に陥ることで,人間は実際には苦しまないと観察しています。人間が,哲学的な研究室から出て,実生活に戻る場合,人間は自動的に,自分の懐疑的な結論を放棄し,日常的な信念に戻ります。人間は,因果関係が存在すると信じ,物体の客観的な存在を仮定し,他の人々が意識を持つことを信じて行動します。この心の自然的な傾向——習慣と本性的信念の力——が,人間を,理性的な懐疑主義から救い出すのです。

この観察は,ヒュームの哲学の中で,極めて重要です。彼は,理性の限界を認識しながらも,同時に,人間の本性的信念と実践的推論の価値を認識しています。人間の知識が,完全に理性的に正当化されることはできないという事実は,その知識が無価値であることを意味しません。むしろ,それは,人間の知識が,より深い,より基本的な心理的源泉——習慣,同情心,本性的信念——に基づいていることを意味しているのです。

美学と美についての感情についての継続的議論

ヒュームは,何度もエッセイで,美学の本質についての思考を深めていきました。彼の「趣味の標準について」(Of the Standard of Taste)というエッセイは,特に重要です。このエッセイにおいて,ヒュームは,一見すると相対的に見える美的判断に,どのようにして一定の客観性を与えることができるかという問題に,取り組んでいます。

ヒュームの答えは,次のようなものです。異なった時代,文化,個人は,美についての判断が異なるかもしれません。しかし,より広い経験を持ち,より繊細な知覚能力を持つ人々の美的判断は,より信頼できるものとして認められるべきです。真の趣味とは,広い経験,微妙な知覚,自由な思考,そして好悪の偏見からの解放によって,得られるものなのです。

このヒュームの見方は,後代の美学においても,継続して影響を与えてきました。相対主義と客観主義の間の微妙なバランスを取ろうとする,多くの現代の美学者たちは,ヒュームの思想から,インスピレーションを受けています。

ヒュームの思想の遺産と後代への影響

ヒュームの思想は,その後のヨーロッパ哲学に,計り知れない影響を与えました。最も有名な例は,おそらく,カントに対する影響です。カントは,明確に述べています,「独断的な睡眠から,ヒュームが私を覚ました」と。ヒュームの因果性批判とその帰納法についての論証は,カントを,彼の批判的哲学を発展させるに到りました。カントは,ヒュームの懐疑主義に対応するために,超越論的観念論を開発しました。

ヒュームの道徳感情論と同情心についての思想は,後代の功利主義倫理学に,直接的な影響を与えました。ベンサムとミルは,ヒュームの考えを,より体系的な倫理学的理論に発展させました。また,ヒュームの思想は,現代の道徳心理学と同情心に基づく倫理学にも,継続して影響を与えています。

ヒュームの宗教批判は,その後の宗教懐疑主義と宗教批判の伝統に,大きな影響を与えました。彼の奇跡についての議論と,自然神学についての批判は,後代の多くの無神論者と懐疑家たちによって,採用され,発展させられました。

さらに,ヒュームの経験論的方法論と,その厳密な適用は,後代の論理実証主義者たちに,インスピレーションを与えました。20世紀の論理実証主義者たちは,ヒュームの印象と観念の区別を,更新して,「検証原理」(verification principle)を開発しました。この原理は,ある命題が意味を持つのは,その命題が原理的に検証可能である場合のみであるということを主張しています。

ヒュームの歴史的著作と知識人としての役割

ヒュームは,純粋な哲学的思考だけでなく,実際の知識人としての活動も行いました。彼の『イングランド史』は,当時の最も重要な歴史著作の一つでした。この著作は,単なる事実の記録ではなく,イングランド社会と政治の進化についての,分析的で批判的な解釈を提供しています。

ヒュームはまた,外交官としても活動しました。1763年にはフランスの駐在大使に任命され,1767年にはイギリス政府の内務長官の秘書となりました。これらの経歴は,彼が単なる抽象的思想家ではなく,社会的影響力を持つ知識人であったことを示しています。

ヒュームの晩年と影響力

1776年にエジンバラで亡くなったとき,ヒュームは,ヨーロッパで最も尊敬される知識人の一人となっていました。彼は,多くの重要な著作を遺し,その思想は,その後の哲学的発展に深刻な影響を与え続けてきました。

ヒュームの思想は,その完全な首尾一貫性や正確性について,多くの批判を受けてきました。しかし,重要なのは,彼が,理性と経験の関係についての,深刻で本質的な問題を提起し,それによって,その後の哲学的思考の方向を形作ったということです。

結論

デイヴィッド・ヒューム(David Hume, 1711-1776)は,スコットランド啓蒙運動の傑出した人物であり,イギリス経験論哲学の最も徹底的な代表者です。彼の哲学は,理性の限界と人間本性の力の微妙なバランスについての深い洞察を示しています。ヒュームの思想は,その後の哲学史,特にカント、現代的な認識論、および心理学的アプローチに大きな影響を与えてきました。彼の懐疑主義的方法論と,感情に基づいた倫理学は,近代哲学における決定的な転換点を示しています。